2007年09月15日

神原遺跡

神原遺跡は、
昭和29年から32年にかけて行われた水窪小学校の鉄筋校舎建築並びに運動場の造成の際に多数の石鍬や土器片が見つかり、発見されました。


いずれも縄文時代のものでした。
しかし出土資料は行方不明となっています。
学校用地であった為に数回の建築、造成工事により遺跡はほとんど破壊されてしまいました。


河岸段丘地の絶好の場所として日当たりも水利もよかったので自然採集時代の生活にはきわめて適地であったことは今でも容易に想像されます。


尚、学校用地より西方50mの付近で住宅用地を造成中、約80cm下の地層より鎌倉時代のものと考えられる蔵骨器(民族資料館展示)が出土されました。
当時、このような葬り方はかなりの豪族でなければできないことと考えらます。


(以上水窪まるごとガイドより。)




私のおじいちゃんもその昔、水窪小学校の体育館を作るときにその工事に参加したそうです。
水窪小学校の敷地はもともと墓地だったらしく、そのときには骨がいっぱい出てきたということでした。



ラベル:水窪 遺跡
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posted by もり at 00:14| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 水窪の遺跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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